「最近、ニュースや社内会議で『取適法(とりてきほう)』という言葉を耳にするけれど、具体的に何が変わったの?」
「下請法とは違う法律なの? 自社が対象になるのか、あるいは発注側として何かリスクがあるのか知りたい」
2026年2月現在、このような疑問や不安をお持ちの経営者様や実務担当者様も多いのではないでしょうか。
つい先月、2026年1月に、長年日本のビジネスルールを支えてきた「下請法」が抜本的に改正され、名称も新たに**「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」**として施行されました。
これは単なる名称変更ではありません。従来のルールでは守りきれなかった中小企業やフリーランスを広く保護し、より公正な取引環境を作るための「歴史的な転換点」とも言える大きな改革です。すでに施行から1ヶ月が経過しましたが、現場ではまだ対応に追われている企業も少なくありません。
この記事では、施行されたばかりの「取適法」について、旧法からの具体的な変更点や、発注側(親事業者)・受注側(下請事業者)双方が絶対に押さえておくべき注意点を、法律の専門用語が苦手な方にもわかるように噛み砕いて解説します。
「知らなかった」では済まされない重要なルールです。ぜひこの記事を、貴社のコンプライアンス強化と、パートナーとの信頼構築にお役立てください。
「取適法」とは何か? 基本の概要と施行された背景
まずは、この新しい法律の正体と、なぜ今このタイミングで変わったのかという背景から見ていきましょう。ここを理解することで、法律の全体像がつかみやすくなります。
正式名称と法律の目的
「取適法(とりてきほう)」とは、2026年1月1日に施行された**「中小受託取引適正化法」**の略称です。
正式名称は非常に長く、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」といいます。
一言で言えば、**「立場が強い発注者(親事業者)が、立場が弱い受注者(下請事業者)に対して、無理な要求や不当な扱いをしないように守る法律」**です。
これまでは「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」という名前で親しまれてきましたが、今回の改正によって名称が変わり、カバーする範囲が大幅に広がりました。
なぜ今、法改正が行われたのか?
今回の改正に至った背景には、現代のビジネス環境特有の、大きく分けて3つの課題がありました。
- 「守られない空白地帯」の解消旧・下請法では、主に「資本金の額」を基準に、規制の対象となるかどうかが決まっていました。例えば、発注元の資本金が1,000万円以下であれば、どんなに理不尽な取引があっても法律の対象外(下請法の適用外)となるケースがあったのです。しかし現代では、資本金が少なくても莫大な利益を上げ、強い影響力を持つIT企業やベンチャー企業が増えています。こうした「資本金は小さいが、立場は強い」企業との取引で、受注側が泣き寝入りするケースを防ぐため、基準の見直しが必要でした。
- 物価高・コスト上昇への緊急対応ここ数年続く原材料費やエネルギー価格の高騰、そして人件費の上昇は、中小企業の経営を直撃しています。しかし、立場が弱い受注者は「コストが上がったので、単価を上げてほしい」と言い出せず、上昇分をすべて自社で被ってしまう問題が多発していました。これに対応するため、価格転嫁(コスト増を価格に反映させること)をスムーズにするためのルール作りが急務でした。
- キャッシュレス化と手形廃止の流れ日本独特の商慣習である「約束手形」は、受注側が現金を手にするまでに数ヶ月かかることがあり、中小企業の資金繰りを悪化させる要因でした。政府が進める「約束手形の利用廃止」の方針を受け、支払いサイト(期間)を強制的に短くする必要がありました。
徹底比較!旧「下請法」と新「取適法」の違い
「下請法」がアップグレードされたと言われても、具体的に何が変わったのかピンとこないかもしれません。
主な違いは**「守られる範囲の拡大」と「ルールの厳格化」**の2点に集約されます。
以下の表で、主要な変更点を整理しました。
| 比較項目 | 旧・下請法(~2025年) | 新・取適法(2026年1月~) |
| 対象基準 | 主に「資本金の額」のみで判断 | 資本金に加え**「従業員数」や「取引依存度」**も考慮 |
| 対象となる取引 | 製造委託、修理委託、一部の役務提供など | フリーランスやギグワーカーを含む広範な業務委託へ拡大 |
| 価格決定 | 発注者主導で決まることが多かった | 協議の義務化(コスト上昇分の転嫁協議が必須) |
| 支払サイト | 原則60日以内(手形は120日サイトなども散見) | 原則60日以内(手形・一括決済も厳格化) |
| 違反時の対応 | 勧告・公表 | 勧告・公表に加え、悪質なケースへの罰則強化 |
1. 対象となる事業者の範囲拡大
これがもっとも大きな影響を与える変更点です。
これまで「うちは資本金1,000万円以下の会社だから、下請法は関係ない」と考えていた企業経営者様も、今後は注意が必要です。
新法では、資本金が小さくても**「従業員数が一定規模以上の企業」**であれば、親事業者(規制を守る側)として扱われる可能性があります。また、発注先が個人事業主(フリーランス)であっても、継続的な取引がある場合は、この法律の保護対象となります。
つまり、**「ビジネスを行うほぼすべての企業が、発注側にも受注側にもなり得る」**という状態になったのです。
2. IT業界・サービス業への適用強化
旧法では、形のある「モノ」の製造委託が中心でしたが、取適法では「情報成果物作成委託(ソフトウェア開発やデザイン作成)」や「役務提供委託(運送、ビルメンテナンス、カスタマーサポートなど)」についても、より厳格に適用されます。
特に、システム開発の現場やクリエイティブ業界で横行していた「仕様変更による無償の修正作業」などは、これまで以上に厳しく監視されることになります。
取適法で変わった「3つの重要ポイント」
実務担当者が「ここだけは絶対に押さえておくべき」という変更点を3つに絞って深掘りします。
① 価格協議の義務化(買いたたきの防止)
これまでは、発注者が一方的に決めた単価で発注書を送りつけ、受注者がしぶしぶ判を押す……という光景が珍しくありませんでした。
しかし、取適法では、以下の行為が明確に規制対象となります。
- 原材料費、エネルギー費、労務費が上昇しているにもかかわらず、その理由を無視して価格を据え置くこと。
- 受注者から「価格交渉をしたい」という申し入れがあったのに、協議に応じず無視すること。
「協議に応じる義務」とは、単に話を聞くふりをすることではありません。発注者は、コスト上昇の根拠を確認し、誠実に価格改定の話し合いを行わなければなりません。
② 支払サイトの短縮と手形の制限
代金の支払期日についてのルールが、非常に厳しくなりました。
原則として、**「物品等を受領した日(または役務の提供が完了した日)から60日以内」**に代金を支払う必要があります。
これまでは「業界の慣習」として、月末締め翌々月末払い(約90日サイト)などがまかり通っていましたが、今後は60日を超える支払期間を設定すること自体がリスクとなります。
また、手形(またはファクタリング等の一括決済方式)での支払いについても、以下の規制が強化されています。
- 手形の現金化にかかる割引料を、受注者に負担させることの禁止。
- 手形の満期日までの期間を短縮すること(将来的には手形の完全廃止を目指しています)。
③ 書面交付のデジタル化と厳格化
発注時に交付しなければならない書面(いわゆる3条書面)について、記載事項がより詳細になりました。一方で、メールや電子契約システム、クラウドソーシング上のメッセージなど、電磁的方法による交付が標準的な運用として明確に認められています。
ただし、「いつ」「誰が」「何を」「いくらで」発注したかが不明確な、口頭での発注やLINEなどのチャットツールだけでの簡易なやり取りは、トラブルの元であり、保存義務違反となる可能性が高いため推奨されません。
発注側(親事業者)が守るべき義務と禁止事項
ここからは、実際に発注業務を行う担当者様向けに、具体的なコンプライアンスのポイントを解説します。
取適法には、親事業者が「やらなければならないこと(義務)」と「やってはいけないこと(禁止)」が定められています。これらに違反すると、公正取引委員会による立入検査や勧告、最悪の場合は企業名が公表され、社会的信用を失うことになります。
親事業者の「4つの義務」
これらは「うっかり忘れていた」では済まされない基本的な義務です。
- 書面の交付義務(3条書面)発注と同時に、直ちに注文内容(品名、数量、単価、納期、支払日など)を記載した書面を交付しなければなりません。
- ポイント: 「金額がまだ決まっていないから」といって書面を出さないのはNGです。決まっていない場合はその算定方法を記載し、決まり次第すぐに補充の書面を出す必要があります。
- 書類の作成・保存義務(5条書類)取引の記録(発注書、受領書、支払いの記録など)を作成し、2年間保存する必要があります。
- 支払期日の設定義務物品等の受領日(役務提供完了日)から起算して60日以内で、かつできる限り短い期間内に支払日を定めなければなりません。
- 遅延利息の支払義務もし定めた支払日(または受領から60日を経過した日)までに代金を支払わなかった場合、遅れた日数に応じて、年率14.6%の高い遅延利息を支払う義務が発生します。
親事業者の「主な禁止事項」
以下の11項目(代表的なものを抜粋)は、たとえ下請事業者の合意があったとしても違法となります。「相手がいいと言ったから」という言い訳は通用しません。
- 受領拒否
- 注文したのに、「在庫が余った」「計画が変わった」などの理由で納品を受け取らないこと。
- 下請代金の減額
- 発注時に決めた金額から、「今月は売り上げが悪いから3%協力してほしい」「端数は切り捨てで」などと、後から減額すること。理由のいかんを問わず、完全にアウトです。
- 返品
- 商品に明らかな欠陥がある場合を除き、受領後に返品すること。「やっぱり売れなかったから返す」は認められません。
- 買いたたき
- 市価に比べて著しく低い金額を一方的に定めること。前述の通り、コスト上昇分の転嫁協議を拒否して価格を据え置くこともこれに含まれます。
- 不当な給付内容の変更・やり直し
- 発注後に仕様を勝手に変えたり、受注者に責任がないのに無償でやり直しをさせたりすること。
- 報復措置の禁止
- 受注者が公正取引委員会などに「取適法違反だ」と通報したことを理由に、取引を停止したり数量を減らしたりすること。
私たちはどう対応すればいい?明日からの実務対策
2026年の施行を受けて、企業やフリーランスはどう動くべきでしょうか。それぞれの立場で具体的なアクションプランを提案します。
発注側(仕事を依頼する企業)のアクションプラン
- 自社が「親事業者」に該当するか再確認する資本金だけでなく、従業員数や取引の依存度を含めて、法務部門や顧問税理士と確認してください。
- 契約書・発注書のひな形を見直す法改正に対応した記載項目(3条書面)が網羅されているかチェックしましょう。特に支払期日の条項は要確認です。
- 支払サイトの是正経理システムの設定を確認し、受領から60日以内に支払いが完了するフローになっているか点検しましょう。「月末締め翌々月払い」になっている場合は、短縮が必要です。
- 価格交渉の窓口設置とマニュアル化サプライヤーから価格改定の申し入れがあった際、現場の担当者が勝手に断らないよう、「まずは話を聞く」というフローを社内で徹底しましょう。
受注側(仕事を受ける企業・フリーランス)のアクションプラン
- 自社が保護対象か確認する取引先の資本金や規模を調べ、今回の取引が取適法の対象になるか把握しましょう。
- 書面(またはメール)を必ずもらう癖をつける口頭発注はトラブルの元です。「発注書をください」と言いにくい場合でも、「先ほどのお電話の内容確認ですが、以下の通りでよろしいでしょうか?」とメールを送り、証拠を残す自衛策を取りましょう。
- コスト増を伝える準備をする原材料費や光熱費が上がった場合は、漠然と「苦しい」と言うのではなく、「以前と比べて材料費がこれだけ上がったため、単価を〇〇円上げてください」と具体的なデータを示して交渉しましょう。今は法律があなたの背中を押してくれています。
よくある質問(Q&A)
ここでは、実務現場からよく寄せられる疑問にお答えします。
Q. 相手が大企業ではなく、同じくらいの中小企業なのですが、法律は適用されますか?
A. はい、適用される可能性があります。
新・取適法では、親事業者かどうかの判断に「取引上の優越的地位」があるかどうかも考慮されます。相手の方が規模が大きく(資本金や従業員数など)、こちらがその取引に依存している状態であれば、相手は親事業者としての義務を負うことになります。
Q. フリーランスのデザイナーですが、修正が無制限に来て困っています。これも規制対象ですか?
A. 「不当なやり直し」として規制対象になる可能性が高いです。
当初の契約(発注書)に含まれていない修正作業を、対価を支払わずに命じることは禁止されています。発注段階で「修正は2回まで、それ以降は別途料金」といった取り決めを書面に残すことが重要です。
Q. すでに契約済みの案件についても、新しい支払ルール(60日以内)は適用されますか?
A. 基本的には、2026年1月1日以降に行われる取引(発注・納品)から適用されます。
ただし、継続的な取引契約を結んでいる場合、契約書自体が古いまま(例えば90日サイトなど)だと、新法違反の状態が続くことになります。速やかに契約書の巻き直しや覚書の締結を行うことをお勧めします。
まとめ:公正な取引が、企業の未来を創る
「取適法」について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
最後に、要点をもう一度おさらいします。
- 取適法は「新・下請法」:2026年1月から施行された、中小事業者やフリーランスを守るための新しいルール。
- 対象範囲の拡大:資本金だけでなく従業員数なども加味され、より多くの取引が規制対象に。
- 価格協議と支払サイト:「買いたたき」の防止と、「60日以内の支払い」が義務化されたことが最大のポイント。
この法律は、単に「発注側を縛り付けるもの」ではありません。サプライチェーン全体で適正な利益を確保し、長く安定したビジネス関係を築くための土台となるものです。
「コスト削減」はもちろん大切ですが、それが行き過ぎてパートナー企業を疲弊させてしまっては、結果的に自社の品質低下や納期遅延を招きます。
取適法の施行をきっかけに、ぜひ社内の取引ルールを再点検し、パートナー企業と**「対等で、公正で、持続可能な関係」**を築いていってください。それが、貴社の長期的な成長につながるはずです。
もし自社の契約書や取引フローに不安がある場合は、早めに弁護士や中小企業庁の相談窓口(「下請かけこみ寺」など)へ相談することをおすすめします。


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