皆さんは、世界中のグルメたちが「一度は挑戦してみたい」と口を揃える、ある韓国料理をご存知でしょうか。その名は「ホンオフェ(洪魚膾)」。韓国南部の全羅南道(チョルラナムド)を代表する郷土料理でありながら、「世界で2番目に臭い食べ物」という衝撃的な称号を持つ発酵食品です。
「トイレの芳香剤のようなニオイ」「アンモニアの塊」など、散々な言われ方をすることもありますが、その一方で、一度ハマると抜け出せない強烈な魅力を持つ食べ物でもあります。韓国では結婚式や還暦祝いなど、冠婚葬祭に欠かせない高級食材として扱われているという事実には驚かされるかもしれません。
なぜ、これほどまでに強烈なニオイを持つ料理が生まれ、そして多くの人々に愛され続けているのでしょうか。単なる「ゲテモノ」として片付けるにはあまりにも奥深い、ホンオフェの世界。今回は、その歴史や科学的なメカニズム、そして通を唸らせる最高の食べ方まで、初心者の方にも分かりやすく、かつディープにご紹介します。鼻をつまみながら読み進める必要はありませんが、想像力を全開にしてお付き合いください。
ホンオフェとは何か?その正体に迫る
ホンオフェという名前は、韓国語でエイを意味する「ホンオ(洪魚)」と、刺身を意味する「フェ(膾)」を組み合わせた言葉です。つまり直訳すれば「エイの刺身」となりますが、私たちが普段口にする新鮮な魚の刺身とは全くの別物です。
この料理の最大の特徴は、エイを壺などに入れて数日から数週間ほど常温で置き、自己消化によって発酵させている点にあります。この発酵過程において、エイの体内に含まれる成分が分解され、あの独特かつ強烈なアンモニア臭が発生するのです。
見た目はピンク色がかった白身で、軟骨を含んでいるためコリコリとした食感があります。口に含むと、まず強烈なアンモニアの刺激が鼻を突き抜け、涙が出るほどの衝撃が走ります。しかし、噛みしめるうちに濃厚な旨味と甘みが広がり、いつしかその刺激が爽快感へと変わっていく不思議な食べ物なのです。
なぜエイを発酵させるのか
そもそも、なぜ新鮮なまま食べずに、わざわざ臭くなるまで発酵させるのでしょうか。その起源は、冷蔵技術がなかった時代の生活の知恵にあります。
ホンオフェの本場である全羅南道には、黒山島(フクサンド)という島があります。かつて、この島周辺で獲れたエイを本土の羅州(ナジュ)という場所まで運ぶには、船と陸路で何日もかかりました。他の魚は運んでいる途中で腐ってしまいますが、エイだけは腐らずに発酵し、むしろ独特の風味を醸し出していたといいます。
当時の人々は、恐る恐るその発酵したエイを食べてみたところ、お腹を壊すどころか、独特の酸味と清涼感があることに気づきました。これがホンオフェの始まりだと言われています。つまり、保存食としての必要性から生まれた偶然の産物だったのです。
世界の臭い食べ物ランキングとホンオフェの位置づけ
「世界で2番目に臭い」というフレーズは有名ですが、具体的にどれくらい臭いのでしょうか。食品のニオイの強さを測定する「アラバスター単位(Au)」という数値で比較してみましょう。
一般的に知られているランキングでは、以下のような順位になっています。
- 1位:シュールストレミング(スウェーデン)ニシンの塩漬け缶詰。その数値は8000Auを超え、圧倒的な1位です。
- 2位:ホンオフェ(韓国)今回紹介しているエイの刺身。数値は約6000Au以上とされています。
- 3位:エピキュアーチーズ(ニュージーランド)缶詰に入ったチーズ。
- 4位:キビヤック(グリーンランド)海鳥をアザラシの中に詰めて発酵させたもの。
- 5位:くさや(日本・焼きたて)伊豆諸島の名産品。数値は1200Au程度。
日本の「くさや」も相当なニオイですが、数値上ではホンオフェはその5倍以上の強烈さを誇ります。納豆が約450Auであることを考えると、その凄まじさが想像できるのではないでしょうか。まさに桁違いのニオイです。
なぜアンモニア臭がするのか?科学的なメカニズム
魚が腐るとアミン臭(生臭さ)がするのが一般的ですが、なぜホンオフェは「アンモニア臭」なのでしょうか。ここにはエイやサメなどの軟骨魚類特有の体の仕組みが関係しています。
海水に耐えるための尿素
エイは海水の中で生きていくために、体内の浸透圧を調整する必要があります。海水に水分を奪われないよう、血液中に「尿素」を大量に溜め込んでいるのです。
エイが死ぬと、皮膚や内臓に付着していたバクテリアなどの微生物が活動を始め、この尿素を分解し始めます。尿素が分解されると生成されるのが、あの「アンモニア」です。
天然の防腐剤
通常、タンパク質が分解されると腐敗菌が増殖して「腐敗」となり、食べられなくなります。しかし、アンモニアは強いアルカリ性を持っています。ホンオフェの場合、発生した大量のアンモニアによって身が強アルカリ性になるため、腐敗菌の増殖が抑えられるのです。
つまり、あの強烈なニオイは、エイが腐るのを防ぐ「天然の防腐剤」の役割を果たしています。ホンオフェが常温でも腐らずに発酵熟成が進むのは、このアンモニアのおかげなのです。科学的に見ても非常に理にかなった保存方法と言えるでしょう。
初心者でも安心?ホンオフェの美味しい食べ方
さて、ここまで読んで「食べてみたい」という好奇心が湧いてきた方もいれば、「絶対に無理」と尻込みしている方もいるでしょう。しかし、ホンオフェは食べ方ひとつでその印象が大きく変わります。ここでは、韓国で親しまれている代表的な食べ方をご紹介します。
王道の食べ方「サマプ(三合)」
ホンオフェを語る上で絶対に外せないのが「サマプ(三合)」という食べ方です。「三つの味が合わさる」という意味で、以下の3つの食材を重ねて一口で食べます。
- ホンオフェ(発酵したエイの刺身)
- ポッサム(茹でた豚肉)
- ムグンジ(古漬けの熟成キムチ)
これらを一緒に食べるのには、明確な理由があります。
まず、豚肉の脂身がホンオフェの強烈な刺激を包み込み、マイルドにしてくれます。そして、長期間発酵させて酸っぱくなったキムチ(ムグンジ)の酸味が、アルカリ性のアンモニアを中和してくれるのです。
口の中で、豚肉のコク、キムチの酸味と辛味、そしてホンオフェの旨味と刺激が混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でます。単体では厳しくても、サマプにすることで「美味しい!」と感じる人は非常に多いです。初心者の方は、まずはこのスタイルから入ることを強くお勧めします。
お酒とのペアリング「ホンタク(洪濁)」
ホンオフェには欠かせないお酒があります。それは韓国の伝統酒「マッコリ」です。ホンオフェの「洪(ホン)」と、マッコリの別名である濁酒(タクジュ)の「濁(タク)」を合わせて、「ホンタク(洪濁)」と呼ばれます。
マッコリの持つ甘みと炭酸、そしてタンパク質が、口の中に残る刺激を洗い流し、アンモニアの刺激を和らげる効果があります。また、マッコリに含まれる有機酸がアルカリ性を中和するため、胃腸への負担も軽減してくれます。地元の人々は「ホンオフェを食べるならマッコリがないと始まらない」と言うほど、鉄板の組み合わせです。
上級者向け「ホンオの天ぷら・蒸し物」
刺身で慣れてきたら、加熱調理したホンオフェにも挑戦してみましょう。ただし、ここで重大な注意点があります。
アンモニアは揮発性の成分ですが、加熱することでその揮発が一気に進みます。つまり、加熱したホンオフェは、刺身の何倍もニオイと刺激が強くなるのです。
「ホンオチム(蒸し物)」や「ホンオジョン(ピカタのようなもの)」を口に入れた瞬間、熱せられたアンモニアガスが口の中で爆発し、鼻から喉、気管支まで猛烈な刺激が襲います。不意に息を吸い込むとむせてしまうほどです。しかし、その刺激こそがたまらないという熱狂的なファンも多く存在します。
最強のラスボス「ホンオエタン(エイの肝スープ)」
ホンオフェ料理の中で最もレベルが高いとされるのが、エイの内臓(肝)を使ったスープ「ホンオエタン」です。発酵した内臓の濃厚な風味と、温かいスープから立ち上る湯気に含まれるアンモニア成分は、まさに化学兵器級。
一口飲むと、胃の中まで消毒されるような感覚に陥ります。これを涼しい顔で飲み干せるようになれば、あなたはもう立派なホンオフェマスターと言えるでしょう。
美容と健康に?意外な栄養価
ニオイばかりが注目されがちですが、実はホンオフェは優れた健康食品でもあります。韓国の女性たちの間では、肌に良い食品としても知られています。
豊富なコラーゲン
エイは軟骨魚類であり、その身や皮には良質なコラーゲンがたっぷりと含まれています。コラーゲンは肌の弾力を保ち、関節の健康維持にも役立つ成分です。加熱しても溶け出しにくいエイのコラーゲンは、摂取源として非常に優秀です。
高タンパク・低脂肪
エイの身は脂肪分が少なく、非常に高タンパクです。ダイエット中のタンパク質補給源としても適しています。また、発酵食品であるため消化吸収が良いのも特徴です。
アルカリ性食品としての役割
現代人の食生活は、肉類や穀物など酸性食品に偏りがちです。強アルカリ性のホンオフェを食べることで、体内の酸性・アルカリ性のバランス(pHバランス)を整える効果が期待できると言われています。韓国では昔から、胃もたれした時や消化を助けるためにホンオフェを食べる習慣もありました。
全羅南道・木浦と羅州の食文化
ホンオフェを語る上で欠かせないのが、韓国南西部の都市、木浦(モッポ)と羅州(ナジュ)です。
木浦は港町であり、黒山島から運ばれてくるエイの集積地として栄えました。木浦の市場には多くのホンオフェ専門店が並び、店先でエイを解体する様子を見ることができます。ここでは新鮮な刺身から、しっかりと発酵させたものまで、好みの熟成度を選ぶことができます。
一方、内陸にある羅州の栄山浦(ヨンサンポ)地区には、「ホンオ通り」と呼ばれるストリートがあります。ここには何十軒ものホンオフェ専門店が軒を連ねており、独特の香りが街全体に漂っています。毎年春には「栄山浦ホンオ祭り」が開催され、全国からファンが集まります。
ここでは、輸入物のエイだけでなく、最高級とされる国産(黒山島産)のエイを味わうことができます。黒山島産のエイには個体識別番号のタグが付けられており、非常に高値で取引されますが、その身の柔らかさと旨味の深さは別格とされています。
実際に食べる際の注意点とマナー
もしあなたが韓国旅行や日本の韓国料理店でホンオフェに挑戦することになったら、いくつか知っておくべきポイントがあります。
1. 服装に注意
ホンオフェのニオイは非常に吸着力が強いです。焼肉の比ではありません。コートやセーターなどの衣類にニオイがつくと、数日間は取れません。クリーニングに出しても完全には落ちないこともあります。
食べる際は、ニオイがついてもすぐに洗える服を選ぶか、お店にビニール袋がある場合は上着を密封することをお勧めします。電車に乗って帰る場合は、周囲の視線に耐える覚悟が必要かもしれません。
2. 口呼吸のタイミング
初めて口に入れる時は、息を吸いながら食べないようにしてください。揮発したアンモニアが気管に入り、激しくむせ返ることになります。まずは息を止めて口に入れ、噛み締めながらゆっくりと鼻から息を出すのがコツです。すると、アンモニアの刺激が鼻を通り抜け、「鼻が通る(パン・トゥルリンダ)」という独特の爽快感を味わえます。
3. 口内の火傷に注意
発酵が進んだ強力なホンオフェを長時間口の中に含んでいると、アンモニアのアルカリ成分によって口の中の粘膜がただれ、薄皮が剥けることがあります。これは一種の化学熱傷のようなものです。初心者はあまり長く含まず、豚肉やキムチと一緒に適度なペースで食べるのが安全です。
ホンオフェが教えてくれる食の多様性
「腐っている」と紙一重の場所にある発酵食品。人間は歴史の中で、微生物の力を借りて食材を美味しく、長く保存する知恵を身につけてきました。
日本の納豆やブルーチーズ、そしてホンオフェ。これらは最初の一口こそ勇気がいりますが、その壁を越えた先に、他の食材では決して味わえない奥深い世界が広がっています。
ホンオフェが持つ「強烈なニオイ」と「後を引く旨味」のコントラストは、まさに食のエンターテインメントです。
「臭いから嫌だ」と敬遠するのは簡単ですが、そのニオイの向こう側にある文化や歴史、そして人為を超えた自然の作用による味わいを知ることは、私たちの食への好奇心を満たしてくれます。
全羅道の人々が「ご馳走」として大切にしてきたこの料理。もし機会があれば、先入観を捨てて一口味わってみてください。涙が出るほどの刺激と共に、新しい味覚の扉が開かれるかもしれません。
まとめ
ホンオフェについて、その特徴から食べ方まで詳しく解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
- 世界で2番目に臭いと言われるが、それは保存のためのアンモニア発酵によるもの。
- 全羅南道の特産品であり、冠婚葬祭に欠かせない高級食材。
- **サマプ(豚肉・キムチとの三合)**で食べるのが王道であり、最も美味しい食べ方。
- マッコリとの相性は抜群で、美容や健康にも良い側面がある。
- 食べる際は服装と呼吸法に注意が必要。
強烈な個性を持つホンオフェですが、韓国の食文化を深く理解する上で避けては通れない存在です。次に韓国料理店で見かけたときは、ぜひ勇気を出して注文してみてください。その一口が、あなたのグルメ人生における忘れられない体験になるはずです。
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